笑いのモト




笑いのモト



 人はどうして笑う? 特定の状況で、なぜ相好を崩し、吹きだす?

 人が笑うメカニズムについては折にふれて考えてはきた。どうして笑うのかはなかなかわからなかった。

 笑いを分類してみたこともあった。どうもすっきりいかない。要因が複雑にからみあう。あるとき、何を読んだのか忘れたけど、お愛想笑いは笑いとは別物だという指摘を読み、疑問が氷解した。お愛想笑いを対象外にするとすっきりする。


 お愛想笑いは社会生活上、必要になる。面白くなくても笑顔を見せ、ときには笑い声をあげさえする。社会的動物である類人猿にもそれに近い現象が見られるそうだ。これは対人関係を円滑にするための社会的行為。真の笑いは個人の感情や感覚にもとづく、純粋な個人的行動。

 真の笑いのみをとりだせば、その要因やメカニズムはかなりシンプルになってくる。笑いは瞬時の強い快感が引き起こす。瞬間的な強い刺激が必要だが、予期せぬものでなければならない。その意味で僕は古典落語を真の笑いに含めない。「ここが笑いのツボと心得てます」と意思表示するために笑い声をあげるのが客のマナー。「了解の笑い」というものです。真の笑いから遠ざかり、形としての笑いだけが残るため、状況を認識しない落語ビギナーが聞いても面白くない。古典落語は笑芸ではなく、伝統芸能です。

 了解の笑いやお愛想笑いが無意味だというわけではありません。笑うことで人は和み、気分が明るくなるものです。


 笑いを引き起こす快感には何があるのか。一つはタブーを破る行為。下ネタ、自分より立場の強いものの悪口、差別ネタなど。ふだんは口にすることを抑圧されているだけに、ひょいと表に現われると快感をもたらす。と同時に、タブーなので笑うことに一瞬のブレーキがかかる。このブレーキ感覚は笑っている人も自覚しないぐらい、一瞬のできごとです。

 この一瞬のブレーキは笑いを増幅するのに重要な役割を果たしている。押さえつけられるがゆえに大きく爆発する。笑っちゃいけないという意識を持っているきわどい部分へ、グサリと言葉で突き刺す。吹きだすというのは、笑いを押さえ込もうとフタをする、そのフタが吹き飛んだ状態です。その爆発的エネルギーは快感をもたらす。


 ボケかましというものがある。一瞬まじボケかましたんじゃなかろうかと思うぐらい、ごく自然にボケると、笑いを大きくすることができる。本当に間違えたのなら笑うのは失礼。それがタブーになる。可笑しいのに押さえ込む。なので抑えきれない笑いが爆発する。

 できたら冗談言う側が笑わないほうが効果的です。まじ顔をよそおうことは、まじボケに似せる行為です。

 あまりにも低レヴェルなダジャレやおやじギャグでも、使いようによっては笑いをとれます。しれっと言ってのけてばかにされることで笑いをとる。ギャグが面白いのではない。しょーもないことを堂々と言って「どうしようもない人」と呆れさせることで笑いをとってしまう。

 ボケをかますより、ツッコミを入れるほうが難しい。ボケた側をけなすことになるので、さじ加減が難しい。相手を見て、許容範囲を把握していないといけない。臨機応変でなくてはならないし、やってみれば難しいことはわかるます。


 僕は人を面白がらせたり楽しませたりすることを自分の楽しみとする人間です。芸人魂が根底にありそうです。人に笑われることはなんとも思ってません。

 笑いをかもし出す話芸を追求する意味もあって、去年から小学校での読み聞かせ、落語講座、コントのワークショップなどに首を突っ込みまくった。こういうものは日常的な会話のやりとりで磨いていくほうが効果的かもしれませんけど。

ひょっこり通信 2012.9.9




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