食べていくって、大変




食べていくって、大変



 かつて僕のことを「料理の達人」と、隣の人に耳打ちした人がいた。嘘ばっか。料理なんてやったことない。と、言いきってしまっても間違いとは言えないぐらい、調理をほとんどしない。

 自炊してる=料理ができる、という間違った連想をするらしい。インスタントラーメンでも自炊のうちでしょう。カップラーメンは自炊と言わないが、チキンラーメンに乾燥ワカメを入れたら「自炊しました」と言えるのではなかろうか。僕がやってるのはそれと似たようなもの。

 一食につき一品しか作らない。だから、インスタントでもみそ汁を作るのは面倒。晩ごはんのおかずがみそ汁だけということはあった。

 食材は極少。一日30品目は毎日未達成。調理ステップも極少。焼くか煮るか炒めるか揚げるか茹でるか蒸すか、どれか1ステップのみ。だから酢豚は作れなくなりました。極力何もしないでできあがる、をめざす。

 包丁とまな板は持ってる。が、使わない。わずかな量を切るには大袈裟だ。小刀で、フライパンやナベの上から切って落とす。そのほうが早いし、洗いものが減る。


 食事を作るうえで必須のものは三つだけ。食欲、空腹、作る気力、の三つ。食べたくない、腹へってない、やる気ない、では、何も作れない。

 食事どきだからといって漫然と台所に向かうと悲惨だ。ない、ない、ないの三重苦に陥ってしまう。台所へ行く前に、何を食べたいか、何で何を作るかを決めとかないとダメ。迷ったらやる気なくなる。なんでもいい。今あるものから何が食べたいかをイメージすればいいのだ。


 「男の料理」という言葉がある。そのイメージと僕の食生活とは、まったくかけ離れている。三谷幸喜が朝日新聞の連載で書いてるようなのが「男の料理」。分量を正確に。材料はレシピ通りに。時間も正確に。ああいうふうにはとてもやってられない。

 分量テキトー、材料テキトー。あるものでテキトーにやるしかない。だいいち、レシピ通りに材料を量って、あまったものはどうすんのさ。あとは野となれ、腐らせる、が男の料理なのかな。

 あとのことを考えたら、ちょっぴりしか使わないような材料や調味料なんて買ってられない。結局のところ、似たような具材と調味料を組み合わせるしかないでしょう。ああ、貧しい。日々貧しくなってゆく。

 たまにはまともなもの作ろうと思って本を見ても、「なに?面取り? めんどい」なんていって、どんどん省略する。貧しい食生活からの脱却は容易なことではない。

ひょっこり通信 2007.3.1




「貧乏道一週間体験入門コース」

掟破りのオードブル hors-hors-d'oeuvre

野草を試食する

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