世界は女のものである Il Mondo e Donna




世界は女のものである



 一概に言えることではない。個人の差は大きい。それでもおおむね女のほうが男より高い能力を発揮している。企業の求人担当は口をそろえて言う。女性で優秀な人は簡単に見つかるが、男はできる人材が見当たらない。

 昔、勤めた会社の上司が「男のほうが能力は上」と言ったとき、頭の中で僕は首を横に振っていた。女性の抜け目のなさ、したたかさを過小評価してるか、知らないかの、どっちかだ。

 女と男とでは得意分野が異なる。体力は男性のほうが上。大局的な観点から(あるいは俯瞰的に)物事を見ることも男性のほうが優る。逆に微視的な局面における判断能力においては女性が優ることが多い。行動力と決断力でもいくぶん優る。共感能力については言うまでもない。

 欧米でも同じだが、現在の日本はたてまえ的には男女平等で、現実にはそうはなってない。そのギャップが女性を鍛える。女が一歩前に出ないと実質平等にならない。平等社会というたてまえに合わせるため、女性が先んじなければならない現実がある。

 ハンデを負っているぶん、したたかに場を読み、自分が少しでも有利になるよう巧みに対処する。女性が強くたくましくなってきている背景には、現実的な差別社会の存在がある。差別の起源は肉体的な力にある。差別の温存もまた、体力的な差による。

 差別温存の例を挙げる。狭い道で男女がすれ違おうとするとき、相手を知ってるかどうかに関係なく、女性のほうが道を譲る。力が上のものと争わないほうが得策。譲っておいたほうが無難という判断は、その場においては正しい。だが、それが癖としてしみついてしまうと、男性優位を助長することになる。

 くり返し書くけど、人それぞれで一概には言えない。女性のほうが場の空気を読み取る能力が高いといっても、まるっきり読めない女性はいくらでもいる。比較すれば男のほうが鈍いというだけのこと。鈍くて平気でいられるのは優位の立場の慢心ゆえだ。

 極論すると、女性は「なにくそ!」で壁を突破するか、戦うことから逃げてしまうかのどちらかしかない。なにくそ!で頑張っている女性を僕は支持するけど。

 現状の変化に気づかず、楽な位置に安住してる男たちは、いずれは女たちの奴隷となる。それは遠くないと思うぞ。


 「世界は女のものである」という大仰なタイトルは、イタリア映画『未来は女のものである』(原題:Il Futuro e Donna)のもじりです。観てないんですけど。

ひょっこり通信 2011.9.11




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